文責:池田宏陸
(以下、イマココ現代俳句2026年02月13日「これまでの/これからの俳句アンソロジー」で使った資料です)
https://x.com/genhai_/status/2020335909183619085
メディアが多様化し、個人が自由に発信・収集できる現在。私たちが今、本当に読みたい(あるいは作るべき)「これからの俳句アンソロジー」において、編者は何を「選び」、何を「集める」べきでしょうか。
1. イントロダクション:俳句アンソロジーの現在地と「編む」こと
2018年、西村麒麟さんは、平井照敏『現代の俳句』や山本健吉『現代俳句』以降、約四半世紀にわたり一般読者が手軽に読める「鑑賞中心の決定版」がほとんど出ていない、と指摘しています。身近なアンソロジーがないことで、誰もが知っている「基準となる句」が減り、新しさや古さの判断、類句の判別が困難になっているという問題提起から議論をスタートします。
アンソロジーを組む際、編者(エディター)の意図は大きく二つに分かれているのでは? ・「選ぶ(キュレーション)」:確固たる価値基準を持ち、時代を代表する作家や歴史に残る名句を厳選し、定義するスタンス。 ・「集める(アーカイブ)」:基準を広げ、いま起きているムーブメントや多様なプレイヤーをひとつの場所に可視化し、保存するスタンス。
2. 何が「アンソロジー」なのか?
現在、「誰がどう集めるか」の境界線は曖昧になっています。私たちが日常的に触れている以下の媒体は、「アンソロジー」と呼べるのでしょうか。
【雑誌の特集・年鑑】 角川俳句年鑑や、雑誌の巻頭句集、特集企画(例:『澤』の二十代三十代特集など)は、意図を持った「アンソロジー」なのか、それともその時点の「記録」に過ぎないのか。
【SNS・アルゴリズム】 ひとひら言葉帳の誰もが知る句を生み出す拡散力は今や書籍以上。「いいね数」やアルゴリズムが集めた集積もアンソロジーと呼んでよいのか。
【個人の発信】 noteのような、権威はないが個人の偏愛に基づくキュレーション。これが現代における「身近なアンソロジー」の最適解になり得るのではないか。
【自選アンソロジー】 8句あれば誰でも出せる、自選形式のHAIKU HAKKUのような形も、これから新しいアンソロジーの形のひとつなのではないか。
3. これまでの俳句アンソロジーの変遷と分析(2000年代後半〜)
2000年代後半から起こった若手俳人の台頭は、それぞれ全く異なる「編むスタンス」を持ったアンソロジー群によって牽引されました。
【3-1】 『新撰21』(2009年):
・21世紀デビューのU-40世代21人。一人100句+第三者による小論。 ・ブログ「俳句空間 豈weekly」の読者であった個人がスポンサーとなり、「若手による合同句集」を企画したことが発端。筑紫磐井、高山れおならによる厳格な選抜が行われた。 ・ゼロ年代の終わりに、新しい世代のトップランナーを明確に「選抜」した一冊。一人100句というボリュームは、芝不器男俳句新人賞等の新人賞選考(作家の力量を測るには一定数が必要)とも連動した基準であり、作家個人の世界観(作家性)を深く掘り下げることに成功した。 ・「21作家論は結社の場合主宰者を外すこと、特に人選企画に我々世代が参加するのはしょうがないとしても、作家論は40歳以下の執筆にすべきだということだった(…)。40歳以下の作家が発表し、批判し合う構図こそ大事だと思ったからだ。」
「二十一世紀最初の新人であり且つ実年齢も若い人たちの作品集にしたかった」「思えば一九八〇年代には、新鋭作家を総覧するアンソロジーやシリーズ企画がいくつも出版されました。それらの本が、そこに選ばれたと否とにかかわらず、若手の意欲を掻き立て、切磋琢磨を促すとともに、俳句界の風景を変えてゆくひとつのきっかけにもなったのです。」(あとがきより)
【3-2】 『超新撰21』(2010年):
・50歳以下を対象。『新撰21』に入らなかった30代・40代作家や、公募枠を含める。 ・『新撰21』の座談会における小澤實の「40歳以上、50歳のアンソロジーも読んでみたい」という発言を受け、版元である邑書林が刊行を決断。 ・「U-40」からこぼれ落ちた実力者(遅咲きの40代後半など)を広く集める
「二冊を振り返りますと、私には俳句界が信じて疑わなかった制度の問題が見えてまいります。一つには紙媒体という制度、もう一つは主宰者を頂点とする結社という制度です(…)それらの制度では括れない形が模索され、現に結果を出し始めていることを検証する時期に入っていると実感するのです。」(あとがきより)
【3-3】 『俳コレ』(2011年):
・週刊俳句編集部による企画。これからを担う作家22人。他薦形式を採用。
・当初、版元は『新撰』シリーズは2冊で終了の予定だったが、上田信治の強い働きかけにより実現。「週刊俳句編」として、自選ではなく他者が作品を選ぶ形式をとった。
・他薦(他選)の意義:自選や結社の師匠による選ではなく、同時代の他者が選ぶことで、作家本人の自己像や結社内評価とは異なる「作家の魅力」を提示しようとした。100句を通じた作家性をあぶり出す意図があった。
「本書は、十九歳から七十七歳(刊行時)の比較的新しい作家の作品を集めたアンソロジーです。」「本書が、同時代の俳句の多面性を示すアンソロジーになること。同時代の読者の潜在的欲求の中心に応える一書となること。」(「はじめに」より)
【3-4】 『天の川銀河発電所』(2017年):
・佐藤文香編。1968年以降生まれの作家を対象。 ・結社の枠を超え、「おもしろい」「かっこいい」「かわいい」という読者の感覚ベースで作品を分類した画期的な試みです。俳句を知らない外部の一般読者へ向けて、いかに俳句を手渡すかという「開かれた編集意図」が強く働いている。
「本書は、「現代俳句ガイドブック」としました。今、私たち比較的若い俳句作家が面白いと思う作品が、このジャンルのなかでどう面白いかを、ふだん俳句を書かない人にもわかるように紹介しようと努めたものです。」(「まえがき」より)
【3-5】 『新興俳句アンソロジー』(2018年):
・現代俳句協会青年部編。若手作家が過去の新興俳句の俳人たちを論じる。 ・新鋭俳句の俳人の紹介に留まらず、現代の若手俳人があえて過去の歴史を検証した一冊。「地下水脈となって浸透した」先人たちの血脈を再確認し、現代の自分たちの立ち位置を歴史の中に位置づけようとする試み。
次の命題、あなたなら、どちらが正しいと考えるだろうか。 「A 俳句は文学である」「B 俳句は俳句である」 ちょっと難しい命題である。では、次の句なら、どちらがより魅力的だと思うか。 A 来しかたや馬酔木咲く野の日のひかり/水原秋桜子 B 甘草の芽のとびとびのひとならび/高野素十 (…)契機は、「俳句は文学である」と考える水原秋櫻子と、「俳句は俳句である」と考える高浜虚子との対立だった。
(「はじめに」より)
4. これからのアンソロジー
・時代・世代:定番。今までは「U-40」などの世代やデビュー時期で区切る手法が主流。今でも有効? ・属性・アイデンティティ:「クィアと俳句」「非都市(地方)の俳句」など、特定の視点から歴史を編み直す。 ・現代の事象:「労働と生活の俳句」「インターネット・SNS詠」「パンデミックの記録」など、同時代性を強く反映したもの。 ・他ジャンル横断:「短歌・俳句・川柳」を混ぜた現代の短詩アンソロジー。(口語詩句投稿サイト72h) ・内容・テーマ:短歌だと『花のうた』『雪のうた』などがある。俳句も、作家単位ではなく、一句単位で編むということも可能性?一方で、外部の読者に「テーマへの興味」からアプローチできるメリットがある一方で、作品が「そのテーマを説明するための道具」に貶められ、一句の独立性が損なわれる懸念はないだろうか? ・誰が編集する?誰が選ぶ?:アンソロジーのその内容よりもそこにかかわる人物の方が重要であるかもしれない。
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